「嫌下流社会」シリーズ その10 「原風景」がないのは三浦展、重松清、お前らのほうだ

 今回も『下流社会』の本から少し離れます。立て続けに三浦展の論理展開を白日の元に晒す資料が見つかったので。

 今回は『週刊ポスト』(2006年3月10日号)での、「父親たちよ、いまこそ古くさいオヤジとなれ!」と題された、三浦展重松清の対談です。
 三浦展週刊ポストで連載を持ってまして、それのスペシャルみたいな扱いですね。

 ちなみに、連載でやっているのは、件の「欲求調査」を持ち出して、分析ゴッコをしているだけの『下流社会』の本と全く同じ内容です。彼はどうもあの「欲求調査」1本で、一生食って行くつもりらしいです。

 内容もくだらないので、立ち読みですましてますが、前回は確か「若い株の話をしている若者よりトイレ掃除のオバちゃんの方が頑張っている」などと書いてましたが、三浦展の言う「コンビニで生活が成り立つ若者」だって、トイレ掃除してますよ。接客業のバイトにトイレ掃除は付き物なのですから。

 ならば「バイトの若者も頑張っている」とも言えばいいのに、それは決して言わないのです。



 さて、今回対談している重松清は、私が持っている『下流社会』の帯を書いています。そこには「意欲を失いがちな現代人への警世の書である」とあります。

 つか「現代人」って、お前はじゃあ原人か何かか? との疑問も湧きますが、ひとまずは置いといて、対談の方に行きましょうか。



 まず、二人は町田で対談しているようで、三浦展の言う「郊外」の概念を用いて、「フリーターが多く、高校生が午後の3時にふらふらしている街」すなわち「下流社会を象徴するような街」と言っています。

 でもって、彼らにとっては渋谷は「上流」なので、自分たちに自身のない若者は、町田を渋谷化して、外に出ていかないで済むようにしているそうです。

 三浦展の言う渋谷というのはすなわちパルコのことですね。

 ちなみに、町田−渋谷間の電車運賃は小田急と井の頭を乗り継いで450円。往復だと900円ですから、高いとも言えないし、安いとも言えません。

 でも、どうなんでしょう? いまの若者にとって「渋谷」って求心力のある街なんでしょうか?

 確かに、三浦展がパルコにいたころは、確かに渋谷や原宿などに求心力があったのだと思いますが、90年後半からはそうでもないでしょ。

 今はIT連中は「ヒルズ族」とか言われて、六本木ヒルズにいるけれども、90年代後半には彼らは渋谷にいて、そこがIT系のたまり場だったわけです。

 それは、渋谷で育った団塊ジュニア世代の最年長ぐらいの連中が、自然と渋谷に集まったからで、逆に言えば渋谷に求心力を感じるのは、彼らが下限という印象があります。



 こうした分析は、ともすれば三浦展の考え方と違いがないように見えますが、求心力が無いということは、町田の若者は「渋谷は上流だ」などとは考えてないということです。この辺のカルチャーの変化は、もう少し詳細に考える必要があります。



 さて、次の部分は重要ですので、引用します。


三浦 いまの三十代前半は、中学高校時代にバブルを経験して、でも自分たちは勉強をしなくちゃいけないから遊べなかった。ようやく就職をしたら、バブルが弾けたという、努力の割には報われなかった世代です。一方、二十代は、もっと幼い頃にバブルを経験しています。それこそ幼稚園でルイ・ヴィトンのバッグを買ってもらったりとか。



重松 幼い日々の原風景にバブルがあった。



三浦 そう。魂のいちばん奥底で「働かなくても金が入る」というのを擦り込まれたせいで、大人になっても働けなくなってる人が出てきてる。親もバブルで浮かれてたから、子供に「働かなくちゃダメだぞ」とは教えてないんですよ。



重松 逆に、幼い頃から英才教育を受けた子も出てくる世代ですよね。



三浦 宮里藍のようにね。だから、将来は文化国家か破綻国家か、文化やスポーツの面ですごい人材が出てくる一方で、全然ダメな層も出てくる。そういう二極化は出ちゃうでしょうね。ふつうに真面目で中流で、という意識が子供時代に形成されてませんから。

 ここには、2つの問題点があります。

 まず、三浦展の三十代前半のに対する分析はその通りでしょう。しかし、二十代の「幼稚園でルイ・ヴィトンのバッグを買ってもらった」などという、あまりに単純な分析はどうなのかと。

 確かにバブルは狂乱を産み出しましたけど、その当事者である東京在住の人間と、日本の大半を占めるその他の地方都市では、全くそのイメージが違うわけです。多分地方の人たちは、テレビの画面でボディコンを着たお姉ちゃんたちが扇子を振って踊っているイメージでしか、バブルを認識できないんじゃないでしょうか?

 そのようなテレビの中の風景を「原風景」と捉える、あまりに的を外しているのではないかと考えます。もっとも、1都3県のレベルでしか物事を見ていない、この二人にとっては、それで十分なんでしょうけど。



 もうひとつは、重松が三浦の話を受けて「逆に」と言っている部分ですね。

 この二人の中では、「働かなくても金が入る」と考えている人と、「英才教育を受けた子供」が「二極化」だということになっているのでしょうが、私はこの両者の本質は同じだと考えます。いずれも親に依存し、個人としての自立を果たしていません。

 そして、このような「親の英才教育」を正当な事と考える思想は、「子供は親の所有物である」とする思想です。

 ここで三浦展は「ふつうに真面目で中流で、という意識が子供時代に形成されてませんから」と述べますが、私は子供が親のものであるという思想に至った相対関係として、「普通に真面目で中流でという「子供の意識」を認めない社会」の存在があるのではないでしょうか。

 つまり、完全に「親=社会」の奴隷として働き続けるか、それが嫌ならアウトローになるしかないという、どっちに転んでも悲惨な二元化があると考えます。



 そして、この後「原風景がどうの」という話になってきます。

 ここで重要なのは、二人が「僕の原風景は」という話を一切しないことです。完全に世代論のみで「原風景」という言葉を語っています。

 そんな中で三浦展がこう言います。


 三浦 ですから、重松さんたち新人類の世代から、故郷喪失化が始まっている。親自身に確固とした原風景が失われはじめた世代なんです。よっぽど自覚的な人じゃないと、「子供にこういう風景を見せておきたい」というふうには接してこなかったんじゃないですかね。親自身がインベーダーゲーム世代だから、子供にもゲームを平気でやらせてる、みたいな。

 えーと、原風景って「子供にこういう風景を見せておきたい」なんて話でしたっけ?

 というか、当人の心情の奥底に沈殿するはずの原風景までも、「こういう風景を見せておきたい」と親がコントロールするなどと、子供を親の所有物として扱うことに、三浦展が当然だと思っている様子が、ここにも見受けられます。

 第一、原風景というのは決して「兎追いしかの山、小鮒釣りしかの川」という風景のことではありません。それはあくまでも「目で見た」風景でしょ。原風景ってのは普通「当事者にとっての、心の奥底に残る心象風景」の事を言うんですよ。

 もちろん「兎追いし」が原風景の人もいるけれども、それは人それぞれ違うわけです。それこそ田舎にだって都市にだって、人間関係や社会の中にだって、いくらでも原風景は広がっているわけです。それは人間のアイデンティティーを左右する概念だし、人間の最も大切な部分でもあります。

 しかし、現在の年寄りたちは、「子供たちに変わらない風景を」などといいつつ、子供たちの原風景をコントロールしようと必死なのです。

 私がテレビで見た例ですが、その町は古くからの町並みが残る所だったそうです。しかし、電気屋などが派手な看板を付けたりして、そうした町並みが少しずつ失われて言ったそうです。

 そこで、町の大人たちが立ち上がって、電気屋などを改築して、昔風の外観に立て直したそうです。取り組みの代表者は「子供たちに変わらぬ町並みを残したい」と誇らしげでした。

 でもよく考えてください。子供たちにとっては、「古くの町並みと、少し新しい町並みが混在する風景」が、子供たちにとっての「町並み」だったわけです。大人はその風景を昔風に「変えてしましました」。

 これも結局、大人たちが自分たちの好ましいと思う風景を、子供をダシにして演出するだけの欺瞞だったわけです。

 「風景」という言葉には、そういう意図が透けてみえます。



 そして、重松清が「原風景をつくる要素として、ビデオの功罪はとても大きいんじゃないか」などと言い出すのです。

 理由は「自分の子供を大きく取ると、周囲の風景は映らなくなるから」だそうで。これも完全に「親による、子供の原風景コントロール」の思想によっています。つか、完全に親の話じゃないか。子供はファインダーを通して子供を見ないだろ。浮遊霊じゃないんだから。しかも、後でビデオを見るのも親だよ。


 三浦 劇作家の別役実さんが昔からおっしゃっていたんですが、現代人の意識には「中景」がない。「近景」と「遠景」はあっても、その中間の「中景」がすっぽりと抜け落ちている。

 三浦展別役実さんの名前なんかだすなよ!

 まぁ、怒りは治めるとしても、別役実は1937年生まれだよ? その別役実が「昔から言っている」というなら、その「現代人」の括りには、お前らが含まれるんだよ。

 原風景の話にも、自分の事を一切話さず、現代人と言えば自分たちがそれに属することにも気付かず、一体お前らはなんなんだよ。



 そして中景の話になるのだが、三浦展が「「いつかこうなりたい」と「でも、いまはこうだ」の間を繋ぐプロセス」云々が見えていないという話をするのはまだマシとして、なんか上司との飲み会が中景だの、ライブドアの肥大と終焉が中景の焼失だの、働くことのリアリティーがどうの、別役実がどこで中景の話をしていたかは知らないけど、絶対そんなことは行ってないだろうという展開。



 そして、三浦展はお得意の「ジャスコ」の名前をだし、駅前の商店街が壊されるのが問題などと発言。さらにそれの例えとして、こんなことを。


三浦 (略)いま必要なのは、プロレスですよ。八百長だろうがなんだろうが、たとえダメージを受けても、ちゃんと翌日また試合ができるようにならないと。でも、いまはプロレスがすたれて、K-1やプライドといったガチンコ勝負でしょう? 殺し合いになっちゃう。それでは困るんですよ。

 前田日明が「UWFは殺し合いではございません!!」と叫んだのはいつの日か……



 つか、K-1やプライドは殺し合いにはなりませんよ。プロレスよりダメージがデカいのは確かだけど、ちゃんとジャッジがいるし、医者もいるんだから。つか、若者を誹謗中傷して、完膚なきまでに潰してるのはどこの誰だよ。お前だろ。なにを他人事みたいに。


三浦 困った時に助けてくれる地域社会や会社といった「中景」がなくなったから、いきなり政府や国という「遠景」にすがる。そういう安直なナショナリズムに陥るのを、僕は一番警戒しているんです。

 自分たちが育ち親しんだ、文化やライフスタイルといった「中景」がなくなったから、いきなり「世代論」や「性差」や「原風景」という「遠景」にすがる。そういう安直で差別的なロマン主義に陥るのを、僕は一番警戒しているんです。


重松 下流社会への流れは、やはり止めようがないとお考えですか?



三浦 洪水みたいなものですから、食い止めるのは非常に難しい。でもせめて土嚢は積んでおかないと、とは思います。このままでいいはずない、と。

 土嚢で自分たちの権力は守るけど、若者はそのまま溺れて死んでしまえってことですね?



 さて、後半はだれてしまいましたが、最後の部分と、まとめはちゃんとやりましょう。


三浦 『三丁目の夕日』もそうだし、ビートたけしさんの語る足立区の下町の風景なんて、いろんなおじさんやおばさんがいて、ほんとうに「中景」が豊富ですよね。その風景をもう一度思い出してみることが必要でしょうね。



重松 ノスタルジーではなく、むしろ、いまこそ必要なんだ、と。そうなると、当然、昔気質の頑固オヤジや、若手を飲み会に誘う課長だっていないと(笑い)。



三浦 そうそう。「ウチのお父さんは古くさいから」でいいんですよ(笑い)。

 と、こういう「男性権威の最大肯定」という、身も蓋もない性差別で話は終るわけです。



 さて、これを通して読んだところ、私が一番奇妙に感じたのは、ここで話されている会話の中に、ほとんど「僕が、私が」という会話が出てこないのです。原風景やらノスタルジーやら、子供の頃の経験が人間を大きく変えるような話をしておきながら、「私はこう育った」と言うような話が無いのです。唯一でてくるのは「上司と飲み会に行った」という話だけ。最も重要な「子供の頃の話」は一切出てきません。

 「子供の頃」例示はあくまでも「『三丁目の夕日』やビートたけしの足立区の話」などという、メディアを通した仮想の風景でしかないのです。



 そうです。世代論も男女差別もノスタルジーも、彼らがリアリティーももっているそれらは、すべて仮想なのです。自分をヌキにして、誰かがこう言っていた、こんな情景が映画で映っていた。彼らはそういう「原風景」しか持っていないのです。

 だいたい、三浦展は新潟生まれのくせして、『三丁目の夕日』(東京)やビートたけしの話(足立区=東京)にリアリティーを持っている自分というものに対して、なんで疑問を抱かないのでしょうか?



 先にも述べましたが、「原風景」とは、各人の心の奥底に沈殿した心象風景のことです。それは人の一生に影響を与えるほどの風景なのです。それがメディアで伝えられるような「日本人の原風景」なる珍妙な風景に塗り替えられるようなら、その人自身が「原風景」を持っていないのです。原風景の喪失を問題とするなら、こちらを先に問題にすべきです。



 あと、原風景なんていっても、それは決して美しいものとは限りませんよ。

 子供時代を戦争の中で生きた人たちは、空襲や死体の山を原風景として記憶している場合も多いでしょうし、私の原風景は別の言葉で呼べば「トラウマ」です。

 そして、別に辛い思い出を原風景とするのも、美しい思い出を原風景とするのも、各人の自由な心情にあるのです。

 原風景とは、決して、親や三浦展に押しつけられるような、単純なものではないのです。