時をかける三浦展


三浦展の『ファスト風土化する日本』を読んでいるのだが、あまりの面白さに頭痛がしてくる。

 詳しくは後に「知性下流社会」で触れるつもりですが、あまりに面白過ぎる部分を1つ紹介します。


 2002年7月には、群馬県前橋市の家に散弾銃を持った男が押し入り、19歳の娘を連れ去るという事件があった。

(略)

 その男は栃木県足尾市で車を捨て、鹿沼市付近で警察官夫婦を拉致、夫の運転する車で日光宇都宮道路東北自動車道を逃げ、結局、佐野藤岡インターチェンジで降りたところを逮捕された。まさに交通網の整備を前提としなければありえない事件である。(p.60)

 ここまで読む分には、なんの問題もありません。

 そして、普通にこれだけ読めば、この後に続く文章は「高速道路を中心とした交通網の整備が、犯罪の範囲を大幅に拡大した」という主旨のものであろう事に、想像が及ぶと思う。

 しかし、三浦展はそうとは考えない。

 この次の引用は、先の引用から一行も開けずに書かれた、続きの文章です。


 ちなみに、容疑者が逮捕された佐野藤岡インターチェンジのほど近く、高萩・越名地区には佐野新都市(愛称「サザンクロス佐野」)という大規模開発が進んでおり、近年、静岡県の御殿場にできて人気を呼んだものと同じアウトレットモール「プレミアム・アウトレット」ができている。

(略)

 近くには別に大規模ショッピングセンターもあり、今後さらにシネマコンプレックスをはじめとして、多くの商業・文化施設、企業、住宅の立地が予定されている。佐野市でも最も変化の激しい地域といえる。

 ちなみに三浦展が最後に述べている「ショッピングセンター」とは、イオン佐野新都市ショッピングセンターのことである。

 そして、こうした論拠をもとに、三浦展は「犯罪現場の近くにはなぜかジャスコがある」と論じていく。言ってることは周りくどくていいかげんであるが、要は「大店法」の規制緩和が我々の古くからのコミュニティーを破壊していると言いたいらしい。

 しかし、だからといって、「高速道路の急速な整備」と「大店法改正」という2つの論点を「ジャスコ」で繋ぐというのはいかがなものか。ジャスコイオングループなどを中心とした「郊外開発」の論理は行政側が押し進めるものである以上、最終的には行政政策を批判するべきであって、ショップ自体や、そこに住んでいる人々(主に若者)を批判するのは、問題の歪曲化に他ならない。



 ……いやいや、ここでは論点ではなくて、いかにバカバカしいかを、おもしろおかしく紹介するつもりだったんだから、それを続けます。



 上の引用で、なにがおかしいって、私は佐野に住んでますから当然ピンと来たのですが、そのときにはなかったんですよ。

 ええ、事件のあった2002年7月の時点で、佐野プレミアムアウトレットなんてものは、まったく存在してなかったんですよ。

 佐野プレミアムアウトレットを展開しているチェルシージャパンの会社紹介を見てもらえれば分かるとおり、開業が2003年の3月なんですね。

 ちなみにイオンのショッピングセンターはアウトレットよりさらに遅く、同年4月の下旬です。



 もちろん、2002年の7月当時に計画は当然ありましたし、区画整備の工事は行なわれていました。

 しかし、佐野新都市が明確に「新都市」としての姿を近隣住民に対して明確に示したのは、アウトレットとイオンの開業の時からです。この2つの商業施設を手始めに、郊外型新都市としての機能が整備されつつあるのであって、2002年7月の時点では、佐野市民にとって、ここはただ「町の外れ、佐野藤岡インターのあるところ」に過ぎなかったのです。

 結局、この事件の犯人は「アウトレットのある地域」に逃げ込んだのではなく、ただ「高速道路を使って逃げた」に過ぎないのです。第一、この犯人が「捕まった先」が佐野藤岡インターの近くだっただけのことで、事件そのものは佐野とは全く関係がありません。

 にもかかわらず、三浦展は時空を越えて「アウトレットやイオンとの関連性」を妄想しています。これは言いがかりもいいところです。

 逆に、イオンの存在が誘蛾灯のように犯人を引きつけるのであれば、警察も犯罪の広域化に苦労などしないはずです。



 そして、なにより滑稽なのは、この本が「交通網の整備」を問題にしながら、意地でも自動車産業のありようを問題にしないことです。三浦展世代にとって、トヨタや日産といった企業は「日本経済の大躍進をうちたてた神、いわゆるゴッド」のような存在ですから、絶対に批判できないのでしょう。

 「御上には絶対に逆らうな」という三浦展の卑小な心が、ジャスコや家電量販店といった御上から少し遠い企業や、権力を持たない若者に対する批判に走らせているのだと、私は考えます。