また、親によって子供が殺害されました。

 村上憲一(33)と村上かおり(32)によって、子供が殺されました。

借金苦夫婦、子ども2人を殺して自首…山口・下関Yahoo!/読売)

 そして、彼らはフリーターやニートの100分の1も非難される事はないでしょう。人を殺したのに。



 借金苦の親に同情することは簡単ですが、本当に同情してしまっていい事件なのでしょうか?

 ……彼らは自分たちの苦しみを表現するために、子供を殺したのではないでしょうか?

 子供にフィギュアスケートを習わせて満足するように。

 子供を有名な進学塾に通わせて満足するように。

 世間の親たちが子供に自分の夢を背負わせて満足するように、彼らは子供を殺し、そして自分たちは死ななかったのではないでしょうか?

 世間の同情を乞うために、存分に不幸に浸るために、自分たちの能力の無さを子供に押しつけて、身勝手に殺したのではないでしょうか?

 子供たちは同情も不幸も欲しくなどなかったハズなのに……。



「子供の安全」を声高に主張するなら、それは「子供の人権を守る」という文脈でなければなりません。

 ところが、社会的に「親の子殺し」が見逃されるところに、「子供の安全」の主張は決して子供の安全ではなく、親の所有物としての子供が失われる、という「親の危機感を払拭するがための子供の安全」である。という世間の意見が見て取れます。

「親のために子供を守る」のではなく、「子供自身のために子供を守る」という意識がなければ、決して子供の安全と成長を願うことはできません。



 私は子供自身のために、子供が安全に暮せる社会が実現することを願っています。