モラルでウィルスを駆除できるのか?


ちょっと21日を過ぎての更新ですが、まぁいいか。21日分ということにしてしまおう。

ヤフー、ネット商店3千社の情報流出 ウィニー介して(朝日)

 最近、「ウィニーを介して重要情報が流出」という記事をよく見かけますが、それが

ウィニーのシステムを利用して、デスクトップ等を流出させるウィルス(キンタマウィルス等、ウィニーのシステムを利用するタイプ)に感染した」のか、

ウィニーで落としたファイルで、デスクトップ等を流出させるウィルス(山田オルタナティブ等、ウィニー無しでも単独で動作するタイプ)に感染した」のか、

「その他の要因で、まとめられた個人情報等がウィニーで流通している」のか、

 の、区別が全くハッキリしないんですよ。

 こんな状態だから「最も確実な対策はパソコンでウィニーを使わないことだ」みたいなことを言い出すアホたれがいて、「私はウィニーを使いません」なんて誓約書を提出させるアホな警察まで出てくる。



 揚げ句にこんな社説まで出てきたのだから、安全安心欲求の暴走っぷりは恐ろしい。

沖縄タイムス ネット社会の倫理確立を


 パソコンのファイル交換ソフトウィニー」による情報流出事故が相次いでいる。

 自衛隊の機密情報から警察の捜査資料、空港の暗証番号、原発のデータ、病院の患者情報、自治体、消防署、学校、NTT、生命保険、放送局など、流出は分野や種類を問わない。

 これでは、いくら個人情報を法律で保護しようとしても、「しり抜け」状態になりかねない。

 ウィニーは、インターネットで不特定多数の人が文書や映像、音楽などのファイルをやりとりできるソフトだ。しかし、ウイルスを潜ませたファイルを気づかずに取り込むと、重要な文書まで瞬時にネット上に流れてしまう。

 安倍晋三官房長官は「最も確実な対策はウィニーを使わないこと」と呼び掛けた。沖縄県警も、ウィニーの使用については業務・私的利用の両面で禁じている。しかし「使わない」というのは対症療法にすぎない。

 ネットが一般に普及してほぼ十年。ハード・ソフト面ともに進化の速度はすさまじく、大量のデータが瞬時にやりとりされている。技術の進歩にルールやモラルが追いつかない状態だ。

 流出のパターンは、「公」のデータを「私」のパソコンで扱ったために起きている。仕事を家に持ち帰るサービス残業のようなケースもあった。

 データの持ち運びは、官・民をとわず規程を定め、私物パソコンでの利用は原則禁止とするなどの、初歩的なところから始めなければならない。

 ウイルスは知らないうちに次々と感染し、被害者が加害者となる。これを防ぐには、対策ソフトを組み込み、毎日更新する作業が必要だ。個人で行う最低限の「モラル」と言えよう。

 ファイル交換ソフトを悪用し、ゲームや映像のソフトを取り込むのは、著作権をも侵害する。

 コンピューターネットワークを利用する際に個人が負うべき責任や、デジタル情報を扱う際の公私の区別を明確にするなど、早急にネット社会の倫理を根付かせる必要がある。

 私にはこの記事の中に「モラル」という言葉が存在する意味が分からない。

 いわゆる公的な文章流出を押さえるためには、「会社のデータを私物パソコンでの利用を原則禁止」にするなどの「ルール」を整備せよ。という話はよく分かる。

 その一方で「モラル」という話は、少なくともこの文章の中では「対策ソフトを組み込み、ちゃんと更新する」という意味でしか使われていない。

 しかし、この社説のタイトルは「ネット社会の倫理確立を」だ。「会社としてのルール確立」ではなく「ネット社会の倫理確立」だ。

倫理という単語が指すものは、ルールよりもモラルである。

 ルールのことを主題にしながら、モラルをタイトルに冠する。こうした矛盾がなぜ問題にならないのか。

 かつて「ラブレター(LoveLetter)」や「ハイブリス(Hybris)」といったワーム型のコンピュータウィルスが猛威を振るっていた時代。このころには、そのウィルス自体がニュースになり、また他人に被害を与えることがあっても、決してこのような「モラル」という言い方はされなかったように記憶している。

 せいぜいパソコン初心者に対して、「メールに添付されてきたファイルは実行するな」と言うだけで、それは「パソコンを扱う上での常識を欠いた個人の問題」として対処されていた。

 しかし、今回の場合は「ウィニー」というソフトウェアが、多くは動画などの、著作権的に問題のあるファイルの配布目的で利用されているということから、「著作権無視」というモラルハザードの存在(その一方で、権利者側の過剰な著作権保護意識がある)が記号的に付与されていること。

 また、「新しいものに対する過剰な排除論理」としての忌避感。それを「コンピュータ社会はモラルがない」と思い込むことで納得しようとする。

 そういう意味で、「ウィニーという著作権違反常習者の使うソフトウェアーによる個人情報の流出という、社会に迷惑をかける状況は、コンピュータ社会のモラルのなさが原因だ」という、あまりに安直なメタファーを、報道の中に抱え込む。

 だから、上記のような、一見モラルと全く関係ないように見える文章に「倫理」というタイトルを付けて平然としていられるのだ。



 しかし、実際に必要なのは、最低限のコンピュータウィルスに関する知識である。

 出所不明のEXEファイルは絶対に実行しない。そのためにも、拡張子は必ず表示するようにする。

 よく知られたファイルであっても、できる限り配布元に近いサイト(作者のサイトが最も安心)からダウンロードし、さらにできればハッシュ値を確認する。



 「ウィニーを使うな」などというのは、記事にもあるとおり対症療法に過ぎない。

 かといって、いくら「モラル」を叫ぼうとも、ネットワークからウィルスがなくなることは絶対にないし、違法なダウンロードだってなくならない。

 会社ならば、ルールとして個人のPCに会社のデータを入れることを禁止する。それは同時に会社の備品不足を補うために私用品の持ち込みを黙認したり、自宅に仕事を持ち帰らせるような過剰な労働を強いるなどしてはいけないという、会社に対するルールの順守を要求するものである。

 個人ならば、ウィルスに対する「特定のアプリケーションに偏ることのない知識」をもって、しっかりと対応することだ。



 そしてマスコミならば、そうした必要な知識を伝え、情報によって被害を減らすことを考えるべきである。

 決してウィルスの存在を「モラルの喧伝」という目的に利用してはならない。