『冠婚葬祭のひみつ』斎藤美奈子

冠婚葬祭のひみつ (岩波新書)

 日本の歴史修正主義者がいう「伝統」などというもののほとんどが、第二次世界大戦前後の慣習に過ぎないというのは、もはやお約束のような話だが、それはどうやら冠婚葬祭も同じらしい。
 冠婚葬祭は、さも伝統と風格を重んじるようなイメージを浮かべながら、その実はビジネスライクに、かつ社会の要求に沿った形で作り替えられ続けてきた。
 結婚の様式は大正天皇昭和天皇今上天皇と、ロイヤルウェディングを大きな契機に変化を続けている。
 また、そのマニュアルは古くは結婚や初夜についての心構えを説教するようなものだったのが、やがて礼儀や一般常識を履修するためのテキストに変化していった。
 葬式については結婚ほど劇的ではないものの、遺体の処置方法が土葬から衛生的な火葬に変化するにつれ、その方式が変わっていった。
 そして、その両者共に現在は、重要な儀礼というよりも一種のイベント的な性質を求められるようになってきている。
 しかし、それは決して冠婚葬祭の意味を貶めるものではないだろう。
 我々が社会の中で生活するうえでは好ききらいに関わらず、必然的に冠婚葬祭と向き合わなければならない。
 「結婚式を挙げない」「葬式は散骨にしてほしい」という、儀礼を避ける行為自体も、それは逆説的に冠婚葬祭と向き合う行為に他ならない。
 どうせ向き合うことを避けられないならば、そのことについて詳しく知っておくべきだ。
 経済格差が発生している現代社会では、マニュアル通りの冠婚葬祭費用を捻出できない可能性もあり、多くの事を知っておくことが我々の生活の安全安心にも繋がっていく。
 そうした必要性を、斎藤美奈子は「過去から現在にかけて数多く出版されつづけてきた冠婚葬祭マニュアルを批判的に読み解く」という彼女らしい手法で、我々の目前にハッキリと晒してくれている。